犬の椎間板ヘルニアは突然発症することも多く、犬のQOL(生活の質)を低下させる重要な病気です。
病気の経過次第では重大な障害を残してしまうこともあり、治療はできるだけ初期に適切におこなわなければなりません。
治療法は、薬、手術、レーザー治療などがあり、犬の状態に応じて選択されます。
今回は、手術をしない、保存的な治療方法について解説します。
犬の椎間板ヘルニアの治療方法の選択
椎間板ヘルニアの病態
椎間板とは、脊椎(背骨)の骨と骨の間にあり、骨同士の摩擦や衝撃を吸収するクッションのような役割を持つ組織です。
椎間板はゼラチン状の髄核があり、その周囲を繊維輪という組織が囲んでいる、線維軟骨のことです。
椎間板ヘルニアとは、何らかの原因によりこの椎間板が潰れ、脊椎の中を通っている脊髄神経を圧迫することで、痛みや麻痺などの神経症状が表れる病気です。
椎間板ヘルニアは、背骨の通っている首~腰にかけてのどの部位にでも発症する可能性があります。
【椎間板ヘルニアの症状と重症度の分類】
治療方法はグレードで決定される
犬の椎間板ヘルニアの治療方法は、内科療法(保存的治療)と外科療法(手術)に大きく分けられます。
内科療法による治療の基本は、薬と、行動制限による絶対安静です。
外科療法による治療では、神経圧迫の原因になっている椎間板の組織を全身麻酔下で切除する手術がおこなわれます。
どの治療法が適しているかは、椎間板ヘルニアの重症度を表すグレード分類を基準に判定されます。
まだグレードが低いほど軽症であり、グレード2くらいまでは内科的な治療の適応になることが一般的です。
その犬の状態にもよるのですが、グレード3以上になると外科療法の対象になり手術が検討されることが多く、特に最重度のグレード5では、緊急手術も必要になります。
軟骨異栄養犬種という分類の、ヘルニアのハイリスクとされる犬種の場合、初診時には低いグレードであっても急激に進行して重症化しやすくなります。
その為、急遽、手術適応になることもあり、それも考慮しながら治療方法が慎重に検討されます。
【軟骨異栄養犬種の例】
椎間板ヘルニアの内科的治療はケージレスト
椎間板ヘルニアで内科的治療が選択される場合、その治療にもっとも重要なのは安静です。
ここでいう安静とは、家で静かに過ごさせるようなレベルのものではなく、「絶対安静」の必要があることを意味しており、ケージレストが必要になります。
ケージレストとは?
犬の行動をケージの狭い範囲の中だけに制限し、トイレのためにそこから出すなどの最低限のこと以外は強制的に絶対安静させる方法です。
ヘルニアを発症している脊椎を安静に保たせるのに最も理想的な姿勢は、ゆるやかに背中を丸めて横向きで寝かせることです。
それを守らせる為には、少なくともケージは食事と水(トイレを置いても良い)が置ける程度で犬が動き回れないような大きさに留め、立ち上がったり飛び跳ねたりもできないよう、屋根も必要です。
広さの目安としては、ケージの長い辺のサイズが、犬の頭からお尻までの長さの1.5倍以内を基準にすると良いです。
内科的治療では、絶対安静が守れるかどうかがその犬の予後を決める分岐点になるほどに重要な意味を持ちます。
床の敷物は、体が沈み込むようなふわふわとした柔らかすぎるものや、反対に硬すぎるものは脊椎に負担がかかるので、適度に寝返りが可能な柔らかさの4つ折りの毛布などを敷いておきます。
また、絶対安静での治療は、ある程度の長い期間を要する為、清潔が保てないものはできるだけ使用しないようにします。
絶対安静で背骨を動かさないようにして一定期間過ごさせることは、ヘルニアだけでなく他の脊髄の外傷や病気などでも必須になることです。
ケージレストによる安静期間の目安
内科的治療は、ケージレストによる絶対安静を第一の治療とし、それと並行して薬を使用し、椎間板の炎症がおさまって安定するのを待ちます。
この期間には4~6週間を要するとされます。
獣医師の判断にもよるのですが、グレード1などの軽度の椎間板ヘルニアの場合は、改善すれば1~2週間でケージレストが解除され、サークルレストに移行することもあります。
サークルレストはケージレストの次の段階であり、1~2畳といった、もう少し広めのサークルで囲ったスペース内での行動の制限です。
しかし、椎間板ヘルニアは再発率が高い病気です。
たとえ症状が改善しても、椎間板や周辺の炎症の回復には4週間が必要とされています。
念の為、内科的治療によるケージレストは最低でも4週間と考えておいた方がよいと思います。
消炎鎮痛薬などを使用することによって、痛みだけはすぐに消失するかもしれません。
痛みがなければ、犬は安静の意味を理解できないので、動きたがるのが当然です。
しかし、ヘルニアの病変の炎症が回復するまでは安静を守ることが重要なのです。
動けるからと安静を守らせなかった為に炎症が悪化して、結果的に障害を残すようなことにならない為に、犬も飼い主さんもこの時期には本当に頑張りが必要です。
絶対安静を保たせるコツ
ケージレストを開始後、痛みがある間は犬も動きたがらないかもしれません。
しかし、少し症状が軽くなるとケージから出たがり、吠えたり鳴いたりすることもあると思います。
また、犬の生活習慣によっては、なかなかケージではトイレが難しいということもあると思います。
そんな様子を見る飼い主さんの方が、「閉じ込められた犬が可哀想だ」という気持ちに耐えられなくなるのも理解はできます。
そして、少しだけなら大丈夫という判断でケージから出し、結局、安静が守られないということは少なくないのです。
しかし、本当に犬の健康を考えるならば、くどいようですが、内科的治療では薬以上に安静が最重要なことなのです。
犬がケージ内で出して欲しいと騒いでいる時は、極力ケージに近づかない、声をかけない、無視しておくなどの努力をして、飼い主さんも頑張って下さい。
トイレが上手にできずに敷物が汚染するようなことがあっても、犬を落ち着かせて速やかに片付けるなど、慌てないで対応できるようにしておきましょう。
どうしても中でトイレが無理だからと外に散歩に連れ出して歩かせるようなことはしないで下さい。
そんな時はケージの外で広めにトイレスペースを作り、そこまでそっと抱えて連れて行きトイレをさせてあげて下さい。
また、診断時には軽度の椎間板ヘルニアであっても、一気にグレードが進行する可能性は念頭に置いておかなければなりません。
内科的治療から外科的治療(手術)に切り替えるタイミングを逃さない為に、病状の変化はしっかり観察しておきましょう。
安静期間中、様子がおかしいと感じることや不安なことはいつでも主治医に相談し、指示を仰げるように医療機関との連携を取っておきましょう。
そして、安静期間中は当然、運動量が減りますので、体重が増えてしまう可能性があります。
椎間板ヘルニアでは、脊椎に負担をかけないよう、体重コントロールも重要です。
安静が解除された時、今度は太りすぎて減量が難しくなることのないよう、安静期間中は食事量の調整も獣医師と相談の上、行うようにしましょう。
椎間板ヘルニアの治療に使用する薬
犬の椎間板ヘルニアの内科的治療は、しつこいようですがあくまでも第一の治療が絶対安静です。
薬は、症状を緩和させるものであり、補助的な役割を持つものと考えておいて下さい。
薬をきちんと飲ませれば痛みが改善します。
「痛みがなくなったから治った」「だから安静はもう終わり」ではありません。
しかし、薬は症状の改善に役立つものです。
ヘルニアの治療に使用する薬には次のようなものがあります。
ステロイド
ステロイドという薬は、他の病気の治療でもよく耳にすると思いますが、この薬は抗炎症効果があって実に広範囲に活用される薬です。
急性期の初期段階で、ヘルニア病変部の炎症や浮腫を鎮め、痛みを緩和する目的で使用されます。
ただ、この薬は、慢性化してきたヘルニアでは薬効にあまり期待ができず、かえって逆効果も生じる可能性があるので、長期使用ではなく、急性期の1~2週間の投与を目安にします。
ステロイドパルス療法
この治療法は、早期(ヘルニア発症後8時間以内)に、ステロイドの一種であるソルメドロールという薬に代表されるコハク酸メチルプレドニゾロンという薬剤を静脈注射として、大量に持続投与する方法です。
グレード3以上の重度レベルの椎間板ヘルニアでは、脊髄の激しい炎症によって、細胞が活性酸素(フリーラジカル)を放出します。
そのせいで、神経細胞の壊死を招きやすくなるのです。
壊死した細胞はもう元にはもどりませんので、それを阻止する目的で、副作用の危険がない場合に限ってこの治療法が多く行われてきたという経緯があります。
それはコハク酸メチルプレドニゾロンという薬のフリーラジカル産生を抑制する効果に期待した治療法でした。
しかし、近年になって、この治療をおこなっても長期的にはあまり変化がないのではないかという意見もあり、必ずしも選択される治療というわけではなくなっているようです。
NSAID(非ステロイド系消炎鎮痛薬)
消炎鎮痛薬は、ステロイドだけでなく、非ステロイド系の薬も使用されます。
この種類の薬剤は、消化管に影響することなく(胃を悪くすることなく)、選択的に疼痛だけを狙った薬効が期待できるものです。
鎮痛剤に起こりがちな消化管の副作用なく、疼痛緩和のみできるというすぐれた薬が発売されています。
コキシブ系の非ステロイド系消炎鎮痛薬(NSAID)
オンシオール
オンシオール10mg小型犬(体重5kg?10kg)用(Onsior 10mg Tablets for Dogs)
エラスポール
本来、エラスポールという薬は、人の全身性炎症反応症候群において、急性肺障害に使用される薬です。
神経損傷(壊死)の原因になるフリーラジカル産生を抑制し、神経細胞を保護する効果があるとして、犬の椎間板ヘルニアの治療にも使用される薬です。
通院では皮下注射として使用されますが、重度の場合は入院で持続点滴として投与します。
しかし、この薬は全てに効果があるというわけではなく、薬効が見られない場合には他の治療法を検討する必要があります。
神経性疼痛緩和薬
中枢性と抹消性のどちらの神経障害においても有効なリリカという薬があります。
神経が興奮して過敏になり痛みを発するのを鎮め、それによって痛みを和らげる薬剤であり、人の椎間板ヘルニア治療薬としても処方される機会が多い薬です。
そのリリカと同じ薬が、犬にはプレガバリンという薬として処方されることが多いです。
その他の薬
筋肉の緊張緩和をはかり痛みを和らげる筋弛緩薬、神経再生作用を持ちしびれを改善するビタミンB12を含むビタミン剤、フリーラジカルを抑制し脊髄を保護するためのサプリメントなどが治療薬として処方されることがあります。
これらの薬は人の椎間板ヘルニアで処方される薬と変わりがないです。
椎間板ヘルニアとレーザー治療
椎間板ヘルニアの治療として、現在注目されている治療法の一つにレーザー治療(PLDD)があります。
レーザー治療は、人の椎間板ヘルニアの治療としても行われている治療法です。
レーザー治療とは
レーザー治療とは、経緯的レーザー椎間板減圧術=PLDD(Percutaneous Laser Disk Decompression)のことです。
レーザー治療の方法は、X線透視下で、皮膚の外側からヘルニア病変のある椎間板に穿刺針を刺して行う治療法です。
その穿刺針の穴から特殊なファイバーを挿入し、レーザー光を照射することによって、硬く変性した椎間板の髄核を熱で収縮させて本来のクッション性を回復させ、椎間板内圧を下げます。
レーザー治療の適応
レーザー照射は、主に加齢によって起こるハンセン2型(椎間板突出型)の椎間板ヘルニアに適応がありますが、先天的要因で起こるハンセン1型でも状態によっては有効であるとされています。
レーザー治療は、内科的治療に反応が薄い、痛みが強い、再発が多い、多発性ヘルニア、高齢や基礎疾患があり手術が困難であるなどに適していて、さらに今後の再発予防としても有効です。
反対に、長期に渡り麻痺が継続していて歩行できない犬や、ハンセン1型の急性期などにはレーザー治療は適していません。
この治療方法が適しているかどうかは、椎間板の突出の程度によります。
メリット
レーザー治療は、皮膚の外側から針を刺すだけの傷ですので、犬の体へのダメージが少なくてすみます。
また、レーザー照射の為の針を刺すことさえできるなら、ヘルニア部位がどこであってもレーザー治療が可能です。
レーザー治療目的での入院期間は1~2日程度であり、回復までの時間も短く、副作用もほとんどない点がレーザー治療のメリットです。
レーザー治療は椎間板ヘルニアの予防にも効果的と言われ、再発の可能性のある部位にレーザー照射をすることで再発を防ぐことができます。
軽度のヘルニアで、根治手術ではなく、保存的治療の対象とされていた犬も痛みという症状は完全に消失するものではなく、そのコントロールが課題になります。
レーザー治療によって犬が痛みから解放されることは最大のメリットと言えるでしょう。
デメリット
レーザーの照射部位に確実に針を刺さなければならないので、外科手術と同様に、レーザー治療前にCT、MRI、造影検査など、全身麻酔下での画像検査が必要です。
また、レーザー照射はX線透視下で行わなければなりません。
レーザー誘導の為の穿刺針より、針を刺すべき椎間が狭いというような、小さすぎる動物の場合は針が入らないので、レーザー治療は不可能です。
その他、変形性脊椎症などの変形がある場合などもレーザー治療は適応外になります。
まとめ
犬の椎間板ヘルニアの治療は、内科的治療(保存的治療)と外科的治療(手術)があり、重症度によって決められます。
内科的治療(保存的治療)では、絶対安静が何よりも重要で、厳密なケージレストを一定期間行う必要があります。
消炎鎮痛薬などの薬で症状がなくなったとしても、その間はケージレストを徹底して守らせることが大事で、初期に安静を保てるかどうかは予後を左右することにもなるのです。
レーザー治療は、近年になって広く浸透してきた治療方法であり、メリットも大きく、今後が期待できる治療方法と言えそうです。
椎間板ヘルニアの外科的治療(手術)については別記事で書きます。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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