椎間板ヘルニアは、犬の整形外科の病気の中でも発生頻度の高い病気です。
犬の椎間板ヘルニアは、初期から重度まで症状ごとに進行レベルを表す「グレード」分類され治療内容も異なります。
犬の生活の質を落とさない為に重要なのは、早期に治療を開始することです。
そこで今回は犬の椎間板ヘルニアの症状やグレード(レベル)分類・原因や治療方法についての情報を共有したいと思います。
椎間板ヘルニアとは脊椎の軟組織がつぶれる病気
椎間板とは背骨のクッション部分のことを言う
犬の背中の骨(脊椎)は、一本の骨ではなく、頸椎7個、胸椎13個、腰椎7個、仙椎3個という椎骨で形成されています。
そこに尻尾の骨(尾椎)が連なる形で、背骨として身体の軸になっています。
それぞれの椎骨には穴が開いていて、この穴が連なって形成されるトンネルの中を脊髄神経が通っています。
そして、椎骨と椎骨の間には、脊椎の摩擦や衝撃を吸収するクッションの役割を持つ、ゼリー状の組織があり、これが椎間板です。
椎間板ヘルニアは椎間板が潰れてしまうために起こる
何らかの原因によって、このクッションの役割をする椎間板が潰れてしまい、脊髄神経側に突出する、または脱出してしまうことで、脊髄神経を圧迫する状態が起こります。
潰されて飛び出した椎間板が脊髄神経を圧迫すると、神経由来の様々な症状が起こるようになり、この病気を椎間板ヘルニアと言います。
椎間板ヘルニアは、脊椎のどの部分でも起こる可能性があり、ヘルニアを起こした部位の神経がどのような役割を担っているかによって症状も異なります。
ヘルニアが起こる部位は、頸椎・胸椎・腰椎というように分けられます。
ヘルニアは椎間板以外でも起こる
ヘルニアはラテン語であり、直訳すると「脱出」「外に出る」「飛び出す」などの意味を持ちます。
病名に使われるヘルニアの意味は、臓器の一部か、または全てが、本来あるべき位置から脱出してしまった状態のことを指しています。
椎間板ヘルニアは、椎間板にこの状態が起こるために「椎間板ヘルニア」と呼ばれますが、ヘルニアと呼ばれる状態は椎間板だけではなく、他の臓器にも起こります。
ヘルニアという名前が付く病気には以下のようなものもあります。
- 横隔膜が破れて臓器が脱出してしまった:横隔膜ヘルニア
- 臍(へそ)に病変がある:臍ヘルニア(出べそと言われるもの)
- 足の付け根(ソケイ部)に腸が一部脱出した:ソケイヘルニア(脱腸のこと)
- 脳腫瘍などで脳が圧迫されて起こる脳の重篤な病状:脳ヘルニア
好発年齢と犬種がある
犬の椎間板ヘルニアには、2つの型があります。
- ハンセン1型(髄核脱出型)
- ハンセン2型(髄核突出型)
前者のタイプには、かかりやすい好発犬種があります。
《ハンセン1型》
軟骨異栄養犬種と呼ばれる犬種があり、これに分類される犬種は若い年から椎間板に変性が起こりやすく、ハンセンⅠ型を発症しやすい傾向があります。
本来はゼリー状になっている椎間板の中心の髄核という組織が早期に変質し、水分が抜けてしまうので、椎間板は弾力性を失い衝撃を吸収する能力が低下します。
そこに日常的な動作で負荷がかかり続けることで椎間板が潰れ、中身の髄核が飛び出し、脊髄神経を圧迫して椎間板ヘルニアの症状が出るようになります。
《軟骨異栄養犬種》
ダックスフンド・ウェルシュコーギー・シーズー・ビーグル・ペキニーズ・コッカースパニエルなど
ハンセン1型の好発年齢は3~6歳と若く、初期症状は急性で発症するのが特徴です。
また、大型犬で運動量の多いラブラドール・ドーベルマン・ロットワイラーなどの犬種に発症するヘルニアの中にも、この型が見られる場合もあります。
【参考記事】
《ハンセン2型》
ハンセン1型に対して、ハンセン2型の方は加齢が発症の要因になります。
加齢とともに椎間板は劣化して変性を起こし、弾力を失って硬くなってきます。
年月をかけて椎間板はじわじわと潰れていき、やがて脊髄側に突出して神経を圧迫するようになります。
ハンセン2型は成犬~老犬に好発し、経過は慢性的に進行します。
椎間板ヘルニアの原因は生活習慣もある
犬の椎間板ヘルニアは、発症リスクの高い犬種に加えて生活習慣も原因になります。
原因になる習慣とは、老化、肥満、跳ねる、体をひねるなどの無理な動き、激しい運動、段差の昇り降りなどです。
犬の脊椎は、後ろに反るような動きには大変弱いのです。
フリスビーなどでジャンプするような動きもヘルニアを引き起こしやすい動きの1つです。
そして、肥満は脊椎に大きな負担をかけます。
特に、遺伝的素因のある犬種にとって、その発症リスクを高めるのは肥満であると考えられ、体重コントロールが重要です。
椎間板ヘルニアの初期症状
椎間板ヘルニアは、それまで何ともなかった犬に突然、激痛という初期症状が表れることも多いですが、よく考えたら何らかの前兆があったということも少なくないです。
犬の行動になんとなく違和感を覚え、後にそれが初期症状だったとわかることもあります。
《初期症状の可能性》
ヘルニアが頸椎に発生している場合は、首の痛みで頭を上げられない症状などが出現します。
また、ヘルニアの進行レベルによっては、神経麻痺の症状もすでに出現していて、後ろ足を引きずる症状、ふらつく症状、自分で立ち上がれないなどの症状が初期症状で認められることもあります。
重度になると、神経麻痺症状は進行してしまい、痛みなどの一般的な初期症状があっても感じなくなっていることもあります。
神経麻痺症状の中には、排尿困難や失禁などの症状も見られることがあります。
症状が軽度の時には飼い主さんも気づかず、重症度のレベルが進んで、神経麻痺の症状が出現して初めて病院を受診することも多いようです。
その為、受診時にはすでに後ろ足が麻痺して動かないようなことも少なくないそうです。
また、それまで症状がなかった犬でも、一気にグレードが進行して、いきなり重度の初期症状が現れることも珍しくないのです。
頸椎椎間板ヘルニア
頸椎は椎骨が7個ある中で、特に第1と第2頸椎(上から数える)は、それぞれ環椎・軸椎と個別の名称でも呼ばれます。
この部位は、環椎軸椎不安定症(環軸亜脱臼)という状態を起こしやすい部位であり、その病気を発症した時は、ヘルニア同様に神経症状を引き起こし頸部痛や四肢麻痺などの症状が現れます。
頸椎ヘルニアは、小型犬の場合は第3~4頸椎、大型犬は第5~6と第6~7頸椎が好発部位です。
頸椎は体の中で大変重要な部分であり、その中を通る神経は脳とダイレクトに繋がっていて、首から下の運動や知覚、呼吸、膀胱、直腸などの神経を支配しています。
頸椎にヘルニアを起こして頸部の神経が圧迫され症状が重度になった場合、麻痺の範囲は四肢全てに及びます。
初期症状では、首の痛みがあるので、頭を上げられず、うなだれてじっとしているという症状が出現しやすいです。
また、振り返るなどの首を動かす動作もできなくなり、強い痛みの症状により、触ると悲鳴のような鳴き声をあげたりします。
麻痺が出ると、四肢がふらつくので歩行が不安定になるという初期症状が見られることもあります。
胸椎・腰椎椎間板ヘルニア
胸椎・腰椎は、脊椎のもっとも動きの多い部位です。
椎間板ヘルニアの8割は、胸・腰椎に発生し、特に、第11胸椎~第2腰椎の間での発生が最も多いとされます。
初期症状は、胸腰部の激しい疼痛であり、背中を触ったり抱き上げたりすると悲鳴のような鳴き声をあげ、痛さのあまり威嚇や噛みつきなどの行動が現れることもあります。
症状のレベルが進行していれば、下半身や後肢の麻痺が目立つようになり、また、排尿障害や排便障害という明らかな神経症状が出現することもあります。
【参考記事】
神経症状による後肢のふらつき症状や、麻痺のせいで、足の裏をきちんと地面に付くことができなくなり、足をグーの形に折りまげて甲を付けて立つ症状(ナックリング)が見られるようになります。
椎間板ヘルニアの進行レベル(グレード)分類
犬の椎間板ヘルニアは、重症度のレベルごとに分類されるグレードがあり、グレードの判定は治療法を決める目安になります。
グレードによって治療後の改善率も大きく異なるので、どのレベルなのかということは重要なことです。
【犬の椎間板ヘルニアのグレード(レベル)分類】
《グレード1》:痛みはあるが麻痺はない。普段できていた段差の昇り降りなどができない、抱きかかえると鳴き声をあげるなどの症状がある。
《グレード2》:痛みに加えて、軽度の麻痺、不全麻痺の症状がある。ふらつき歩行、すり足などが認められる。
《グレード3》:完全麻痺の症状がある。足の運びができず引きずって歩くなど。
《グレード4》:麻痺に加えて、排泄障害がある。尿閉や失禁などがある。
《グレード5》:深部痛覚の消失。痛みを感じることすらなくなる。
特に、ハンセン1型ヘルニアはグレードの急激な進行による症状の急変も多く要注意です。
ヘルニアの重症度レベルはグレード分類されますが、そのグレードは初期症状が出現してから数日で一気に進行することもあります。
椎間板ヘルニアの検査方法と診断
ヘルニアの診断は、症状と共に神経学的所見や画像検査によって行われます。
椎間板ヘルニアは、一般のレントゲン画像の所見ではわかりません。
レントゲン検査は、その症状の原因として、ヘルニア以外の骨折や骨の変形がないかを確認する為に行われます。
ヘルニアの診断を確定し、詳細な画像を得るには、MRIやCT、脊髄造影レントゲン検査が必要になります。
このうち、脊髄造影は古くからある検査ですが、高度な手技が必要な上にリスクの高い検査であり、現在はMRIやCTが選択されると思います。
ただ、人と違い、犬では、MRIやCTなどの画像検査にも全身麻酔が必要で、やはり検査そのものにリスクを伴うことになります。
それでも、ヘルニアのグレードが高く、手術適応がある場合、やはり精密な画像が必要とされます。
通常、グレード4以上では手術適応があり、術前に精密な画像検査が必須になります。
しかし、初期症状が軽度でグレードが低く、温存治療の可能性が高い場合、全身麻酔で行う画像検査はケースバイケースになると思われます。
【犬の画像検査にかかる費用について】
グレード5と脊髄軟化症
椎間板ヘルニアのグレード5は最も重度のレベルのものです。
グレード5では、麻痺症状は進行し、深部痛覚も失っている状態です。
このグレード5の重度の脊髄損傷レベルのヘルニアの約10%に、脊髄軟化症という進行性の病気を発症することがあり、この病気は大変重要です。
まれですが、グレード4のレベルでも発症するようです。
脊髄軟化症は、脊髄の強い障害が原因になって、脊髄が溶けて壊死する病状が進行していく病気です。
脊髄神経の融解・壊死は全身に広がり、脳の延髄という呼吸などの生命維持に関わる部分にも及んでしまいます。
予後が不良であり、進行も早い上にこの病気の治療法は確立されていません。
症状は、麻痺などの神経症状だけでなく、食欲がない、元気がないなどの一般症状も見られます。
また、激しい痛みがある場合もあります。
やがて麻痺の症状は急速に広がり、四肢の麻痺、失禁、呼吸困難などの症状を伴って、数日から1週間程度で亡くなることも少なくない、余命に関わる重大な病気です。
グレード4~グレード5の重度レベルのヘルニアでは、このリスクも考えておく必要があります。
まとめ
犬の脊椎や椎間板の構造は、基本的には人と変わらない為、好発部位の違いがあるものの人と同じような椎間板ヘルニアを発症します。
犬の椎間板ヘルニアは激しい痛みの症状があるだけでなく、グレードが進行して脊髄損傷になるという、重症化しやすい病気の1つです。
ヘルニアのグレード(レベル)が進行してしまうと、犬のQOLを著しく低下させてしまいます。
症状が重くグレードの高い重症レベルの椎間板ヘルニアは、時に命に関わる危険性もあります。
ヘルニアが好発するとされる犬種などは、特に環境の整備や生活習慣に注意し、日常から発症の予防に気を付けてあげて下さい。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
コメント