犬には、犬種によって、持って生まれた長い尻尾を人為的に切って短くする「断尾」という処置の習慣があります。
断尾は、はるか昔から正当な理由のもとに行われてきました。
しかし時代は変わり、現在ではこの処置を虐待という位置づけで禁止している国もあります。
今回は犬の尻尾を切る理由とその歴史的背景についてお話しします。
犬の尻尾には課税制度が関係していた
【断尾とは】
犬の尻尾を根元あるいは少し長さを残した状態で切断し、短い尻尾にする処置のこと
断尾の歴史は、18世紀に遡ります。
当時のイギリスでは、犬の尻尾は短い方が使役犬として有能であると妄信されていました。
尻尾の短い犬は、減税の理由として認められていたそうです。
今聞くとなんとばかげた話かと思いますが、そういう歴史がありました。
当時のヨーロッパでは、
- 尻尾を切ることが狂犬病の予防にもなる
- 短い尻尾は背中の筋肉を強め、狩猟犬としての能力が高くなる
などと、全く根拠のない理由で尻尾が短い犬の評価が高かったのです。
そのために尻尾がある犬だけに課税制度が存在し、それから逃れるために断尾が当たり前のように、積極的におこなわれていたそうです。
この課税制度は、その後(1796年)廃止されましたが、犬の尻尾を切る習慣だけはその後も残り続け、現在に至っていると考えられます。
断尾で有名な犬種は次のような犬種です。
たとえばコーギーという犬種ですが、実は生まれつき長い尻尾の犬と短い尻尾の犬がいます。
そして、コーギーの犬種スタンダードでは尻尾がないことが推奨とされています。
その為、生まれつき短い尻尾でさえも、さらに根元から切る処置がおこなわれます。
ペットショップなどに並ぶ時には、コーギーの子犬にはすでに尻尾が切られています。
コーギーは尻尾がない犬種だと勘違いしている人も多いと思います。
私も長いこと勘違いしていました。
尻尾を切る理由=人間の都合
時代は変わり、課税制度も廃止になったのになぜ断尾は続けられるのか。
現在に至るまで続けられる理由は次の2つです。
医学的な理由
当時、犬は狩猟犬や牧羊犬などの人の役に立つ使役犬として飼われていました。
狩猟犬であれば、日常的に山や茂みの中に入ります。
その時に長い尻尾があると、尻尾が怪我をするリスクが高くなります。
牧羊犬であれば、牛や馬などの家畜に尻尾を踏まれて怪我をするかもしれません。
断尾には、そのような怪我のリスクを減らす為という理由もありました。
また、肛門が近くにあって汚染されやすくなるので、衛生状態を保つためという理由もあったようです。
外見的な理由
犬は、犬種ごとに、スタンダード(犬種標準)と呼ばれる、理想とされる姿形があります。
その理想は人間が勝手に決めたものです。
そして、犬の尻尾も人間が求める勝手な理想の姿に合わせるために切るのです。
前述のコーギーにしても、尻尾がないのがコーギーらしい普通の姿という消費者側の思い込みがあります。
そして、生まれつきの姿で尻尾を残した犬は、売れ残りが多くなるそうです。
このような消費者のニーズを叶える為に、犬は尻尾を切られます。
犬の尻尾を切る方法
断尾は、生後2~5日くらいの子犬に対してブリーダーや獣医師によっておこなわれることが多いようです。
その時期であれば子犬は痛みを感じないという前提で、麻酔なしで行われるそうです。
生後8日以降になると痛覚が発達すると考えられ、それ以降の子犬では、生後8週齢くらいまで経ってから全身麻酔下での手術になるそうです。
断尾の方法は次の二通りです。
結紮法(けっさつほう)
結紮法とは、尻尾をゴムバンドで締め付けるバンディングという方法です。
そこから先への血流をゴムで止めて壊死させ(腐らせて)、自然と落ちるのを待つ方法です。
ブリーダーなどはこの方法で行うようです。
3日ほど経てば自然と先端が落ちると言いますが、これはひどい方法だと思います。
縛り方が適切でないと感染を起こし、先端は自然に落ちるどころか何倍も腫れあがり、治療が必要になります。
昔ならまだしも、今の時代にこんなブリーダーがいるとすれば、こんな野蛮な処置はすぐにやめてもらいたいと思います。
切断法
メスやはさみを使用して尻尾を切る方法です。
尻尾を切ることが犬に及ぼす影響
身体的な影響
犬の尻尾は、身体のバランスを取るための大事なパーツです。
走ったり方向転換したりジャンプしたりという陸上の動き以外に、水中で泳ぐ時もこの尻尾でバランスを取ります。
そんな大事な尻尾を切ることは、犬の身体能力を低下させることになります。
意思の疎通への影響
尻尾は大事なコミュニケーションツールです。
他の犬との関係において、尻尾がないと意思の疎通が十分図れません。
そのため他の犬から警戒される理由になるようです。
しかし闘犬種などの断尾はこれを逆手にとって利用しています。
犬の感情が表れる尻尾や耳を切ることであえて感情が出ないようにするようです。
幻肢痛
幻肢痛とは、あるべきはずの身体の一部を失った後にもなくした部位の痛みを感じる症状です。
人の四肢の切断後などに、このような症状が残ることはよく知られています。
犬は、人間と同じ神経系の構造を持つとされ、同じように痛みが発生していることも考えられます。
犬の尻尾は、骨・筋肉・神経・血管が通っている脊椎の一部であり不要な部位ではないのです。
感染や切断のトラブルが理由で後遺症が残ることもあるかもしれません。
尻尾を切る手術で亡くなる子犬がいることも事実です。
断尾についての賛否と今後の方向性
【断尾についての否定的な意見】
- 歴史背景があったにせよ、今は使役犬ではなく家庭犬であり断尾しなければならない理由はない
- 人間が勝手に決めた犬種スタンダードに合わせて尻尾を切るのは人間のエゴである
- 不必要な痛みを与えるのは虐待である
以上のような反対意見が次第に高まり、動物愛護の観点から、現在は断尾を法律で禁止している国もあります。
一方、断尾肯定派も存在します。
肯定派は「犬の神経系統は生後数日間は未熟である。よって尻尾を切る時の痛みを感じることはない」つまり虐待には当たらないと主張しています。
痛みを感じるのか感じないのか、という点についての断尾否定派の意見は次のとおりです。
子犬が痛みを感じないというのであれば、同じ晩成性動物である人間の新生児も痛みを感じないはずであるが、新生児は痛みに反応を示す。
このことからも、子犬も尻尾を切る時に痛みを感じていると言える。
※晩成性動物:生まれてすぐに自立できる早成性動物に対し、親の保護や給餌を必要とする動物のことで、人間や犬はこちらに含まれる
実際に、獣医師の国際組織である世界小動物獣医協会が2014年に出した「痛みの認知、評価および治療のためのガイドライン」の中では、痛みの解釈の誤解について書かれています。
【痛みの認知、評価および治療のためのガイドライン】
10 一般的な痛みの誤解
「新生児と幼児動物は痛みを感じない」
False。すべての年齢の動物は痛みを感じる。出典元 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/jsap.12200
ちなみに、日本で犬種スタンダードを管理統制しているのはJKC(ジャパンケンネルクラブ)です。
JKCの立場としては、断尾に反対はしないが、断尾してない犬も犬種の標準内として認めるという内容に訂正しています。
時代に沿ったこの変化は有意義と思います。
ただ、日本の法律の方向性としては次の定めが現状であり、これが限界とも言え、最終的には飼い主に委ねられていると言えるでしょう。
小動物医療の指針・第11項
【小動物医療における動物愛護と福祉】
断尾・断耳等
飼育者の都合等で行われる断尾、断耳等の美容整形あるいは声帯除去術、爪除去術は、動物愛護・福祉の観点から好ましいことではない。
したがって、獣医師が飼育者から断尾・断耳等の実施を求められた場合には、動物愛護・福祉上の問題を含め、その適否について飼育者と十分に協議し、安易に行わないことが望ましい。
しかし、最終的にそれを実施するか否かは、飼育者と動物の置かれた立場を十分に勘案して判断しなければならない。
現実に、断尾する犬種を購入したい場合、ブリーダーに「尻尾を残して欲しい」という条件を伝えて予約しなければ、尻尾のある子犬を求めることは難しいようです。
前述しましたが、尻尾のある子犬は売れ残る可能性が高いからです。
尻尾を切る時に、悲鳴のような鳴き声をあげる子犬もいると言われます。
その苦痛を私達は知ることができません。
そこまでして、尻尾を切ることを標準とする理由はどこにあるのでしょうか?
まとめ
犬の尻尾を切る理由は、人による外見へのこだわりです。
これを虐待と位置付けて禁止国がある一方、獣医師への費用すら惜しんだ未熟なブリーダーが自らおこない、失敗する数も少なくないとのこと。
違和感を持たずにいられません。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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