犬の脳腫瘍という病気は、決して珍しくはありません。
しかし、脳の中は見えない場所であり、犬は人のように無麻酔で気軽に画像検査を受けられないので、発見しにくいという問題があります。
脳腫瘍の症状は、進行するまでわかりにくく、他の脳の病気との区別も難しいです。
今回は、犬の脳腫瘍の症状や進行した際の余命などを解説したいと思います。
脳腫瘍の種類はいくつもある
脳腫瘍には、良性腫瘍と悪性腫瘍がありますが、その多くは悪性であると言われます。
脳腫瘍は、中~高年齢の犬に発生しやすい病気です。
また、最初から脳に発生する原発性腫瘍と、他の臓器にできた悪性腫瘍(がん)が脳に転移する転移性(続発性)腫瘍があります。
原発性脳腫瘍の種類には
- 髄膜腫
- グリオーマ(神経膠腫)
- 未分化肉腫
- 脳下垂体腫瘍
などがあります。
このうち、犬の脳腫瘍の中で最も多いのは髄膜腫、その次に多いのがグリオーマとされています。
転移性腫瘍では、肺がん、乳がん、血管肉腫、リンパ腫、悪性黒色腫(メラノーマ)などが脳に転移しやすいことが知られています。
少し話が逸れますが、人のがんの転移においても、それぞれの臓器のがんと関係が深い、転移しやすい臓器というものがあります。
これは医療者の間ではよく知られていることで、胃がんは卵巣転移やリンパ節転移しやすく、特に左鎖骨上リンパ節転移は、ウィルヒョウ転移と別名で呼ばれ、有名です。
また、肺がんやはり脳に転移しやすいとことがよく知られています。
脳腫瘍の症状はできる場所によって違う
脳そのものは柔らかく損傷しやすい部分であるために、軟膜・くも膜・硬膜という3重の膜で覆われ、さらに硬くて頑丈な頭蓋骨で守られています。
脳腫瘍ができると、それがたとえ良性腫瘍であったとしても、外側には頭蓋骨があるために頭蓋骨の内側でしか成長することはできません。
腫瘍が大きくなるにつれ、脳は次第に押しやられるようにして圧迫されるようになります。
脳腫瘍の症状は、脳の圧迫が進行することによって現れてくるようになります。
脳はとても繊細で、その部位によって支配している神経や役割が異なっています。
つまり、脳腫瘍がどこにできているかによって、影響を受ける神経も変わり、その結果、現れる症状もその部位の支配する神経症状が目立つようになるのです。
脳腫瘍により予測される症状
- 視力低下・視覚の消失
- 眼振や斜視・焦点が合わない
- 斜頸(首が捻れたり、傾いたまま元に戻らない)
- 平衡感覚の消失・旋回(ぐるぐる回る)・歩行困難
- 聴覚障害(音に反応しなくなる)
- 食欲変化(食べない、あるいは食べすぎる)
- 意識の低下・傾眠
- 異常行動
- 性格の変化
- 顔面麻痺
- 失禁など
脳腫瘍はてんかんと診断されることも多い
脳腫瘍は、その発生場所に関係した症状が現れる為に、実に様々な症状が考えられます。
その中で、共通してもっとも多い症状に、けいれん発作(てんかん様発作)があります。
脳に由来する痙攣発作は、いわゆるてんかん発作と同様のものですが、原因不明の特発性てんかんとは違い、脳腫瘍というはっきりした原因があります。
てんかん発作は、若年齢の犬であれば特発性てんかん、または脳炎による可能性が高いですが、犬が高齢になるにつれて、脳腫瘍が原因になっている可能性も高くなります。
しかし、脳の病気の症状は共通しているものが多いために、何の病気かの判別はかなり難しくなります。
それまでてんかん発作など起こしたことのなかった犬が、高齢になって発作の症状が出るようになった時には、脳腫瘍ができている可能性も考えた方が良いです。
若い年齢の時から特発性てんかんを持っていて、発作を薬でコントロールしてきた犬が、高齢になって再び発作の頻度が増えてきたとしたら、その犬には脳腫瘍という新たな病気が発生している可能性もあります。
特発性てんかんの治療を長年している犬の場合は特に、その発作の原因が別にあるとは考えず、脳腫瘍を見逃してしまう危険もあるので注意しなければなりません。
【参考記事】
脳腫瘍には好発犬種がある
脳腫瘍は、どの犬種にも発生する病気です。
しかし、好発犬種というのも一応あるようです。
ゴールデンレトリーバー、ドーベルマン、ボストンテリア、イングリッシュブルドッグなどは、脳腫瘍にかかる頻度が高い犬種に挙げられます。
脳腫瘍の進行は比較的ゆるやか
脳腫瘍の進行は、一般的には比較的ゆっくりであるとされています。
しかし、症状が現れるまでの進行がゆっくりだったとしても、その間はそもそも病気であることに気づいていないと言った方が良いでしょう。
そして、病気が進行して初めて症状に気づき、その時点で脳腫瘍と診断されてからの進行の早さには、飼い主さんも戸惑うことになるかもしれません。
犬の脳腫瘍は、珍しい病気ではないものの、犬は人と違ってCT検査やMRI検査などの画像検査を受けるハードルが高く、早期診断に行き着くのは容易なことではありません。
てんかんのようなけいれん発作が表れたとしても、全ての犬の飼い主が、MRI検査などによる脳内の精査を希望するわけではなく、また、積極的に画像検査を勧めない方針の獣医師もいます。
そのけいれん発作を特発性てんかんと見なして、とりあえずは発作を抑える内服治療を開始してみるということは、よくあることです。
しかし、脳腫瘍は明らかな脳内の異常であり、腫瘍によって脳が圧迫されるという物理的ではっきりとした原因によって発作の症状が起こります。
けいれんを抑える薬だけでは発作を抑えきれず、コントロールすることは困難です。
抗てんかん薬が効かないけいれん発作として、脳内の様子を知る為にようやく画像検査にたどり着いた時、脳腫瘍は進行しているかもしれません。
転移性の脳腫瘍の場合は、脳腫瘍と判明したとしても、先に発生していたであろう他の臓器のがんがすでに進行している可能性はあります。
脳腫瘍は画像検査でしかわからない
脳腫瘍の症状をそれと似ている脳の病気のてんかんや脳炎と判別するためには、やはりCTやMRIなどの画像検査は必要です。
もちろん、身体検査、神経学的検査、血液検査など、その前にできるあらゆるスクリーニング検査もおこなうのは当然ですが、最終的な診断は、画像所見がなければ不可能なのです。
脳の画像上で何も異常が認められない場合に限り、その症状は特発性てんかんによるものという診断になると思います。
しかし、画像で異常が見られる場合、次にその異常所見は何であるのか、脳炎なのか脳腫瘍なのか、あるいは脳血管の病気(出血や梗塞など)であるか、という詳しい診断がなされることになります。
【参考記事】
脳腫瘍の治療方針について
脳腫瘍の根治治療は手術
脳腫瘍は、がんの転移ではなく原発性腫瘍であり、しかも早期のものであれば、根治治療も期待できる病気です。
脳腫瘍の根治治療は外科手術です。
脳腫瘍がそのまわりの組織に浸潤する(染みわたるように広がる)ことなく、腫瘍だけを切除することができる状態ならば、手術で腫瘍を取り除きさえすれば病気を完治させることができます。
ただ、他の臓器のがんが転移した転移性脳腫瘍の場合は、転移=がんが進行しているということの表れであるため、積極的な手術の適応にはなりません。
また、脳外科手術が可能かどうかは、腫瘍ができている場所にもよります。
どんなに、治る可能性のある早期の原発性脳腫瘍であっても、それが脳の深部にできている場合は、手術そのものが生命を脅かすリスクが高すぎて、手術することはできなくなります。
それに脳外科手術はどこの病院でもできる手術ではありません。
脳外科手術の実績のある、高度医療をおこなう病院を受診し、改めて検査を行い、手術による治療が可能なのかが検討されることになります。
仮に、脳腫瘍を切除できたとしても、開頭して脳を扱うということは、命にかかわらなくともそれだけでリスクが高いものです。
脳はとても繊細な組織です。
手術によって、腫瘍の周囲の組織にも何らかの影響が出るかもしれないこと、つまりは後遺症のことも考えておかなくてはならないでしょう。
【参考記事】
手術が困難な場合
脳腫瘍が手術困難な状態であれば、放射線治療、薬物治療(がんの化学療法を含む)などの治療の選択になります。
脳には、脳血液関門という、脳に薬物や毒物が入り込むのをシャットアウトする部位があります。
抗がん剤はそこを通過しにくく、脳腫瘍の種類によってはあまり効果が期待できません。
犬の脳腫瘍でもっとも多いとされる髄膜腫では、抗がん剤はほとんど使用されることはないようです。
放射線治療は、手術と併用して行うこともあれば、手術が困難な時に、放射線単独での治療として行うこともあります。
しかし、このような治療は犬の体力を奪うものでもあり、積極的に行う方がいいのかどうかは全身状態にもよるのです。
高い効果が期待できるのであれば、もちろん積極的に進めた方がよい場合もあります。
しかし、脳腫瘍が進行していて、その治療をすることがただ犬の体力を奪って犬の生活の質を落とすようなことになるのであれば、対症的な治療のみに留めるしかないこともあります。
対症的な治療というのは、発作に対する治療や、むくみや炎症などの症状を抑える治療のことです。
そのような治療には、主にステロイドや免疫抑制剤などの内服薬が使用されます。
【参考記事】
脳腫瘍の余命
脳腫瘍は、その病気が判明したと同時に余命宣告を受けることも多い病気です。
全身状態や基礎体力によっても違ってはくるでしょうが、すでに進行した脳腫瘍で有効な治療法が期待できない場合、2ヶ月以内といった短い余命であることも少なくないようです。
対症的な治療でわずかでも延命が可能だったとしても、その症状は犬に大きな苦痛を与えるため、場合によっては安楽死という選択肢も提言されることがあります。
いずれの場合も、どのように対応するかは大変辛いことですが、最終的には飼い主さんが選択しなければなりません。
【参考記事】
まとめ
脳腫瘍は進行するまで症状がわかりにくく、早期発見がかなり難しい病気です。
症状が現れたところで、他の病気とも区別がつきにくく、また、すでに進行してからしか症状が出現しない可能性も高いです。
何らかの症状に気づいたら、できるだけ早く検査に結びつけてあげて下さい。
そして、治療が期待ができないシビアな状態であってとしても、犬にとって何がベストかは飼い主さんにしかわかりません。
犬は、あなたが何を選択しても、あなたの想いを信じていると思います。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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