犬も人間と同様に白内障があり、犬の目の病気では確率の高い病気です。
原因は様々あり、加齢によるものがもっとも多いとされていますが、糖尿病に罹っている犬の場合は、その合併症として白内障を発症することがあります。
今回は犬の糖尿病と白内障の関係、白内障手術とはどのようなものか、白内障の予後についてなどの話です。
犬の糖尿病の合併症・白内障とは
視覚のメカニズムは、目の角膜から入った光が、水晶体を通って網膜に映し出され、それが視神経を通じて脳に認識されるという過程によって成り立っています。
目の水晶体は、黒目の後ろにある、透明な目のレンズの役割をする部分ですが、この水晶体が何らかの原因で白く濁り、光が遮られ、視力が次第に低下していく病気を「白内障」と呼びます。
白内障は、犬の目の病気の中では多く、先天性白内障と後天性白内障に分類されます。
後天性白内障には、若年性、老年性、外傷性、中毒性、代謝性などがあり、糖尿病性白内障はこの中の代謝性に相当します。
犬の糖尿病では、白内障の合併が避けられないことも多く、血糖コントロール次第では白内障が急速に発症・進行することも少なくありません。
一方、老年性白内障は6歳以降の犬に犬種を選ばず多く、加齢によって発症するもので、一般的にその進行は緩やかです。
糖尿病性白内障・病態
糖尿病は、体内に取り込んだ糖(グルコース)の代謝に関わる、重要なホルモンであるインスリンの不足によって起こる病気です。
食事によって体内に入ったグルコースは、血液中を流れ、全身の各組織でエネルギー源として活用されます。
この時、細胞内へグルコースをエネルギー源に変換して取り込むには、インスリンが不可欠となります。
しかし、糖尿病はインスリンが不足している為に、細胞内にグルコースをエネルギー源として取り込むことができず、常にグルコースが活用されないままで血液中に多く存在していることになります。
【糖尿病とはどんな病気?】
しかし、目の水晶体はインスリンを必要としない組織であり、その組織内は常にグルコース濃度が高い状態が続きます。
グルコース過剰ではエネルギー源として代謝することが追いつかず、余ったグルコースは、ソルビトールやフルクトースに変化して代謝されます(ポリオール代謝)。
この代謝で発生したソルビトールは、親水性がある為に、水分を引き込んで蓄えて浮腫を起こし、水晶体細胞の断裂を招いて白内障を発症することになるのです。
糖尿病性白内障の症状・診断
白内障には、水晶体の混濁による病期の分類があり、進行の程度を表すことができます。
白内障は初期白内障→未熟白内障→成熟白内障→過熟白内障と進行していきます。
初期では外見的にも目の白濁はわかりづらく、視力障害もさほどありません。
未熟白内障になると白濁が確認でき、暗い場所での見えにくさという症状が現れるようになり、成熟期になると光は感じますがかなり進行した状態であり、やがて完全に失明します。
犬は多少の視力障害があったとしても、聴覚や嗅覚が発達している為に日常生活の変化はそれほど目立つことがなく、初期に飼い主さんが発見することは難しいです。
白内障が進行して来ると目の白濁がわかるようになり、また、視力障害による行動変化も現れるようになります。
行動変化は、
- 壁や物によくぶつかる
- よろける・つまずく
- 動くものに反応せず目で追わない
- 階段を怖がるようになる
- 散歩を嫌がる
- 飼い主と目が合わない
- 見えない不安で周囲を警戒し攻撃的になる
などです。
治療せず白内障が進行すると、ぶどう膜炎やそれに続発する緑内障、網膜剥離などの発症に繋がることになり、そのような続発症では激しい眼痛を伴うようになります。
白内障の診断は、点眼薬で瞳孔を開かせ、スリットライトなどで眼内を観察する検査で水晶体の変化を確認できます。
この検査は30分程度のものです。
糖尿病性白内障の治療
白内障の治療には内科的治療と外科的治療があります。
内科的治療では、早期に点眼薬を使用することによって白内障の進行を遅らせることを目的とし、視力を回復できるというものではありません。
病状が進行して視力障害が生じている場合、根本的な治療法は外科的に手術を行うことです。
手術によって白濁してしまった水晶体を取り除き、人工水晶体を挿入することで視力を回復することができます。
画像出典元 http://www.mone-pet.com/blog/2011/10/post-58-150704.html
ただ、白内障が進行すると網膜委縮なども起こっているかもしれません。
手術で視力を回復させるにはこの網膜の状態が重要であり、手術を成功させ視力を取り戻すには、網膜が損傷せず正常に機能している、できるだけ早期の方が望ましいということにもなります。
また、糖尿病の発症の後発年齢は8歳以降という犬の老年期であり、さらに合併症である白内障の発症年齢を考えると、外科手術そのものがハイリスクであるという問題があります。
人間の白内障の手術は、目の表面麻酔という、点眼による局所麻酔で可能であり、身体的にはあまり負担のかからないものです。
短時間で終了し、今は眼科クリニックなどの外来で行われるようなポピュラーなものになりました。
ところが犬の場合は、人間のように局所麻酔で目の手術をというわけにはいきませんので、全身麻酔をかけることになります。
老犬で、糖尿病というベースがある犬に全身麻酔をかけて外科手術を行うことのメリットとリスクを比較して、点眼薬による保存的な治療法を選ばざるを得ないということもあるようです。
犬の白内障手術
白内障手術は進化し、現在は超音波白内障乳化吸引法という手術方法がポピュラーです。
これは、犬に全身麻酔をかけた上で角膜切開を行い、超音波乳化吸引装置という手術機械を用いて、濁ってしまった水晶体を超音波で細かく砕き、吸引してきれいに取り除き、次に人工眼内レンズを挿入するという手術です。
手術時間そのものはだいたい30分前後のようですが、麻酔導入や麻酔覚醒までの前後の時間がありますので、1~2時間と考えた方が良いでしょう。
白内障手術の条件
白内障手術の適用かどうかを決めるにあたり、重要な条件、チェックすべきことがいくつかあります。
- 麻酔に耐えられる全身状態であること
- 手術によって視力回復の見込みがあること
- 入院や点眼、術後のエリザベスカラー装着が可能か
- 白内障以外の目の病気の有無
- 白内障進行の程度
- 瞳孔の柔軟性があるか(散瞳が可能か)
糖尿病のコントロールの良否は全身状態を左右し、コントロール不良であれば手術のリスクが高まります。
まずは糖尿病の治療によって血糖値の安定をはかり、全身状態を整える必要があります。
年齢や全身状態から、全身麻酔に耐えられないと判断した場合、白内障手術は不可です。
また、白内障を治療しても、網膜が正常に機能しなければ視力の回復は期待できません。
事前に、網膜変性や網膜剥離、委縮などが起きていないことを検査し、手術を受けることで視力回復できるかどうかを確認する必要があります。
そして、白内障手術では、入院や点眼が必須です。
さらに、術後の目の保護のためにエリザベスカラーを装着し、犬が目を擦ったりしないよう注意しなければなりません。
このような術後管理にその犬が耐えられるか、また、退院後に飼い主さんが決められた点眼をすることが可能かというのは重要な条件になります。
それは術後合併症にも関わって来るからです。
犬の目は人間以上に炎症を引き起こしやすいと思われ、術後管理が大変重要なのです。
さらに、白内障がどの程度進行しているのかも術後に大きく影響します。
犬の白内障手術は、成熟~過熟の病期で行われることが多いようですが、過熟の段階でもかなり進行して他の続発症を発症している場合(緑内障など)は、術後合併症のリスクが高いために白内障手術は不適応となります。
他にも、虹彩委縮などがある場合には、手術の為に点眼薬で瞳孔を散大させることが不可能ですので、手術が行えないということになります。
手術スケジュール
白内障手術の術前検査では、血液検査やレントゲン、心電図、エコーなどによる全身チェックと、眼圧検査、涙液量検査、網膜電位図検査などの詳しい眼科検査も行われます。
網膜電位図検査では網膜機能が正常かどうかを知ることができ、手術による視力回復の可能性の判定になります。
全身状態では、特に糖尿病の治療がきちんとなされていて、血糖値が安定していることが重要です。
もし血糖値のコントロールがうまくいってない状態であれば、糖尿病の治療が優先されます。
入院期間は病院によっても犬の経過によっても多少異なりますが、大体、3~7日間くらいは必要になるようです。
術後は抗生物質などの内服や点眼が行われますが、退院後は数種類の点眼を飼い主さんが行わなければなりません。
退院後は運動制限があり、エリザベスカラーも2週間は必要になります。
1週間ごとに通院して経過観察をし、術後1ヶ月に目の状態の評価をおこないます。
白内障の手術の成功には、ベースにある糖尿病の管理を並行してきちんと行いながら、定期的な点眼や安静を守らせることなど、飼い主さんの理解と努力も大きな要素になります。
白内障手術にかかる費用
犬の医療は自由診療であり、病院によっても大きく差があります。1眼で20~50万といった費用になるようです。
その内容は、入院料や麻酔料など全て含む設定であることが多いようですが、これも病院によって異なると言えそうです。
手術後合併症と予後
手術後の合併症には、角膜浮腫、眼圧上昇(緑内障の発症)、網膜剥離、感染、失明などがあります。
犬の水晶体は人間のそれと比較して厚みがあり難易度は高く、糖尿病性白内障では犬も高齢で体力的なリスクがあり、炎症反応は人間よりも強く現れます。
術後は、厳重な薬剤管理と、くれぐれも目を傷つけることのないよう注意が必要です。
犬の白内障手術の成功率は、約96%と言われています。
人工レンズに置き換えることで視力の回復が期待でき、成功率を見ても、ほとんどは安全に行われていることが考えられます。
しかし、一旦、緑内障や網膜剥離などの合併症を起こしてしまうと、その後の治療が大変複雑なものとなり、視力回復も困難になります。
治療期間も長くなっていきますので、術後合併症は絶対に避けなければなりません。
白内障の新しい点眼薬
近年になり、欧米でこれまでとは違う種類の白内障の点眼薬が発売になっているようです。
従来のただ進行を遅らせるという目的とは違い、白内障そのものの改善が期待できるとして、非加水分解カルノシンという成分の人間用白内障点眼薬がアメリカで特許を取得、人間用としてはOTC医薬品として一般発売されています。
そして、それと同じ成分の犬用点眼薬もあるようです。
《こちらが犬用》
しかし、日本国内では一般に販売されてなく、現在は個人輸入などで購入する方法しかありません。
《ご興味のある方はこちら》
まとめ
糖尿病の合併症でもっとも多いものは白内障です。
糖尿病を発症する好発年齢は老年期であり、たとえ糖尿病がないとしても、加齢による白内障を発症する割合は多いと思われます。
しかし、糖尿病が原因の白内障は老年性の白内障のような緩徐な進行ではなく、気付いた時には一気に進行してしまうこともあり注意が必要です。
白内障を治療せずに放置すると、やがては失明します。
犬も人間と同様に白内障の根治には外科的手術が選択されますが、それは全身も目も手術が可能な状態であることが第一の条件になります。
糖尿病は全身に様々な病変を引き起こし、うまく血糖値を安定させられなければ、手術や術後合併症にも大きく影響します。
合併症である白内障の進行も、糖尿病の的確な治療により、血糖値を150mg/dl以下を目指すことで抑制に効果があると言われています。
糖尿病は、血糖を上手にコントロールして合併症を最小限に抑えることが何よりも重要なことです。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
コメント