近年、犬や猫の多頭飼育崩壊がメディアでよく取り上げられています。
そこにはアニマルホーダー(Animal Horder)という、一種の精神疾患との関係が深いと考えられます。
発覚しているのは氷山の一角です。
どんなにひどい現場でも、問題が表面化しただけましと言えるかもしれません。
この問題は、個人の飼い主や繁殖業者に限らず、犬猫を保護する立場にいるはずの愛護活動家の中でも起こります。
今回は、ゴミ屋敷とも共通するアニマルホーダーの心の闇について考察してみます。
社会問題化する犬や猫の多頭飼育崩壊
多頭飼育崩壊とは:動物を無秩序に多数飼育した結果、繁殖が繰り返されるなどして飼育不可能になること
多頭飼育崩壊の現場では、給餌も追いついてないことがほとんどです。
その結果、そこは大変悲惨な環境になっています。
- 汚物の散乱
- 不潔な環境
- 害虫の発生
- 栄養不良
- 病気
- 餓死や共食い
多頭飼育崩壊になる動物は犬に限りません。
猫や小鳥などのペット全般がその対象になります。
飼い主は、そこに何匹の犬や猫がいるのかなど正確に把握できていないことも多いです。
動物が生きているのか死んでいるのかも無関心で、死骸は放置されてミイラ化していることも多々あります。
そして、この問題は、本人以外の誰かが気づかない限り、問題の表面化は大変難しいと言えるでしょう。
問題が問題として認識されるようになる経過には、次のようなパターンがあると考えられます。
- 近隣からの苦情が行政機関にあがる
- 本人が亡き後、その部屋の貸主や親族が初めて実情を知る
- 何を指摘しても聞く耳持たない本人の代わりに、見かねた家族が愛護団体などに相談する
- 少ない例だが、手におえない状態を自覚した本人が自分からSOSを出して発覚する
厄介なのは、本人にとって、多数の動物を飼育しているのは善意の行動であるということです。
現実がどれほど悲惨でも、過剰でひどい飼育状況であるという自覚は、本人にはありません。
多頭飼育崩壊はゴミ屋敷の中で発生しているというのも、わりと多く見られる傾向だと思います。
アニマルホーダーに適切な飼育はできない
アニマルホーダーとは:異常とも言える過剰な数の動物を集めて溜め込み、飼育する人のこと
アニマルホーダーは、日本語で「過剰多頭飼育者」とも呼ばれます。
その被害を受ける対象動物は、主に犬や猫です。
過剰に多数の動物を集め、無秩序な飼育をした結果、現実的には世話がろくにできず、自身の生活も立ち行かなくなり多頭飼育崩壊を招きます。
アニマルホーダーと多頭飼育崩壊には深い関係があるのです。
アニマルホーダーは収集家
アニマルホーダー=アニマルコレクターです。
それは、動物を対象として、現実的な限界を越えた収集癖です。
ここで区別しておきたいことは、たくさん飼育していればアニマルホーダーであるかと言えば、決してそうではないです。
例えばたくさんの犬を飼育していても、
- その数に見合うだけの広い家屋や敷地など、適切な飼育スペースがある
- 常に衛生な環境を保つことができる
- 健康状態を把握していて、必要な時に必要な医療にかける経済力がある
- 良質な食事を与え、日々の世話が行き届いている
ということであれば、それはアニマルホーダーとは異なります。
反対に、そこまで膨大な数になっていなかったとしても、それに見合う生活環境がなく、管理が行き届かず、適切な世話ができない状態で動物を増やすだけの人は、アニマルホーダーの可能性があると言えるでしょう。
愛護活動家の中にもアニマルホーダーは存在している
アニマルホーダーは、繁殖業者・一般の飼い主・愛護活動者というような人々の中に紛れ込んで存在しています。
本物のブリーダー=シリアスブリーダーは、より良い犬種(猫種)保存を本来の目的とし、その為に遺伝病や健康管理などについてきちんと勉強しています。
正しい知識を持って、計画的な繁殖しか行わないのがブリーダーの本来の在り方です。
しかしブリーダーを名乗る中には、子犬や子猫を効率よく生産販売することを目的とし、繁殖犬や繁殖猫の健康や環境にコストも労力もかけないといった、悪徳繁殖業者もいます。
このような悪徳繁殖業者は、時々ニュースに取り上げられ、近年では「子犬工場」として問題視されました。
アニマルホーダーの中には、最初は良心的で正統派のブリーダーとして繁殖業を営んでいたはずの人もいます。
ところが、繁殖犬や子犬の数をコントロールできず、親も子犬も増やしては自分で抱え込み、許容範囲を越えて最終的に生活が崩壊し、結果的に悪徳繁殖業者と同じことをしてしまうのです。
アニマルホーダーが一般の飼い主である場合、単に自分のエゴで多くの犬を飼い集めて、実際は世話を怠っているネグレクト(飼育放棄)であることは多いです。
このような飼い主は、自分でお金を出して犬や猫を購入するだけでなく、次々と保護動物を譲り受けては世話をしないというパターンもあります。
表向きには、居場所のない動物の救世主のようにいい人に見える、ふたを開ければこの上なく無責任で非情な里親として存在していることもあります。
このようなアニマルホーダーは、保護動物の里親になるという、世間の信頼を集めやすい立場にあるために、真実の姿になかなか気づかれないことが多いのです。
そしてもっとも厄介なのは、そのような飼い主やブリーダーから犬や猫を保護する側にいて、人生を捧げ、粉骨砕身で愛護活動に取り組んでいるように見える人の中に紛れ込んでいるアニマルホーダーでしょう。
不幸な犬猫を引き取り、その活動が使命であるかのように尽くす姿は、周囲には尊い行為でしかなく、彼らは称えられたり感謝されたりして支援者もいます。
しかし、実際には自分の限界を越え、多頭飼育崩壊状態に陥っていて、それでもその行為がやめられないのです。
保護された犬や猫は、幸せとはかけ離れた状態に置かれているにも関わらず、愛護活動という善のキーワードに隠されて、アニマルホーディングとはわかりにくく、最も手に負えない状態と言えると思います。
アニマルホーダーの本質は精神疾患
物を過剰かつ大量に収集し続ける、病的な溜め込み行為は、ホーディング(Hoarding)と呼び、溜め込む人をホーダー(Horder)と呼びます。
ゴミ屋敷を作り出す行為もまたホーディングであり、本質的に同じものです。
溜め込みの対象が動物である場合に限り、アニマルホーダーという名称で呼ばれます。
このホーディング=溜め込み行為は、溜め込み障害(HD:Hoarding Disorder)という一つの精神疾患として認められ、アメリカ精神医学会による「精神障害の診断と統計マニュアル(DSM)」のDMS-5版に2013年より新しく加えられた。
2013年にアメリカ精神医学会のDSM-52)に登場した現在の診断基準(表1)では、「溜め込み障害(hoarding disorder)」が「ごみ屋敷」を形成しさらに形成したものを維持してしまう人間の行為自体に相当する「病気」である。「溜め込み障害」に相当する「疾患」は、以前のDSM-IVまでは、むしろ強迫性障害の下位項目の位置づけであったが、DSM-5では強迫性障害の関連する「疾患」として(強迫性障害とは表1のようにオーバーラップする)位置づけられることになった。
ホーディングは、これまでは強迫性障害の症状の1つと考えられていました。
集めたものやごみ(第3者から見て)を処分すると、大きな災害や悪いことを引き起こしてしまうのではないかという迷信的で不合理な確信にとらわれた、強迫性障害という疾患の症状として見られる行為と考えられていました。
しかし現在、ホーディングは独立した一つの精神疾患と考えられています。
アニマルホーダーの診断基準
アメリカ精神医学会のマニュアル「DMS-5」による
アニマルホーダーの診断基準
- 数多くの動物たちを囲い込んでいる
- 最低限の給餌、衛生管理、医療管理を行っていない
- 動物たちが置かれている劣悪な環境をみても行動を起こそうとしない
診断の基準は3点です。
ホーダーは、基本的に状況を客観視する能力が欠けているとされています。
しかし実際は、その27%ほどは客観視する能力が保たれ、ホーディングによって引き起こされている現実的な困難も自覚できていると言われます。
つまり、ホーダーの4分の1ほどは、自分が作っている悲惨な動物たちの状況を理解しているということです。
アニマルホーダーの特徴
マサチューセッツ州タフツ大学カミングズ獣医大学院と提携して、この問題を研究している「アニマルホーディング研究評議会(Hoarding of Animals Research Consortium -(HARC)」という団体があります。
この団体の調査でわかっていることとして、アニマルホーダーには次のような特徴があげられます。
- アニマルホーダーは、76%が女性、46%以上が60歳以上、50%以上が一人暮らし、60%以上が問題を全く認識できない状態である
- 被害動物として最も多いのは猫、次が犬。飼育動物の種類は限定ではないが、家の中に隠しやすい猫をホーディングするケースが多い。犬のホーダーは比較的苦情の来ない郊外などに暮らしている。飼育動物の69%以上が不衛生な排泄物の中で暮らし、80%以上に病気があるか、死骸が見つかっている。
- 状態が悪化しているにもかかわらず動物の数を増やし、里親探しなどは積極的にしない。
- 改善や救助を申し出る愛護団体や行政を敵視する。
ゴミ屋敷との比較
アニマルホーダーとゴミ屋敷の住人の抱える闇は同じものです。
どちらもが異常な溜め込み障害であり、精神疾患なのです。
ゴミ屋敷の方が、行動が目立ちやすく、異常性に社会が気づきやすいという特徴があるかもしれません。
表通りにまでゴミが溢れているのか室内がゴミだらけなのか、その程度には差がありますが、ゴミ屋敷そのものは珍しくはありません。
私が以前仕事で関わっていた中に、外からはわからない状態のゴミ屋敷があって、関係者だけがそれを把握していました。
害虫がテーブルの上などを行き交っているのは日常茶飯事、自分の手に上って来ても「殺生はいけない」という独自の考えで気に留めません。
その一方で駆除用の粘着シートは仕掛けているという矛盾もあります。
訪問者などないのですが、人がよく遊びに来るのでいつも自分が料理をふるまうという妄想めいた話をします。
あちらこちらにクモの巣が張り、床は湿気を含んで抜け落ちそうですが、自分は普通に生活をしているようにアピールするのです。
一般論でこれは不潔だとか非常識だとか指摘したところで、本人はその問題を認識できないのでどうしようもありません。
正論で否定すれば人格を傷つけるでしょう。
そして拒否されてしまえば関わりさえ持てなくなってしまいます。
考えを押し付けず、歩み寄り、仲良くなって人間関係を築き、その中で気が向けばアドバイスとして受け入れてもらうしかないのです。
足の踏み場もなくにおいも酷かったですが、その住人は疎通性がよく、元来話し好きで朗らかな性格と思われ、コミュニケーションそのものは嫌ではありませんでした。
しかし、ホーディングの対象がゴミではなく犬や猫になれば、ゴミ屋敷とは違う印象になります。
「動物が好きな優しい人」「自分を犠牲にしてでも可哀想な動物を次々助けてくれる素晴らしい人」として、本質に気づかない周囲に信頼されることが多いからです。
アニマルホーダーはゴミ屋敷に比べると、異常性が表に出にくいという問題点があると思います。
対策は根気が必要
アニマルホーダーは精神疾患ですので、自分ではホーディングを止めることができません。
異常であるという自覚もないので、否定されると態度を硬化させるなどして、近づくことさえできなくなるかもしれません。
改善案に対し、その場では何とか納得してくれても、次に会った時には言っていることが変わっているなども想定内のことです。
事態が深刻で早期の解決が必要な場合は、とにかく犬や猫の所有権の放棄を優先させ、そこに的を絞って上手に導くことが鍵になると思われます。
アニマルホーダーの常習性はほとんど100%と言われています。
つまり、今集めている犬や猫を引き上げても、その収集癖を治すことはできず、ほぼ全員が再び同じことを始めてしまう傾向にあるのです。
まず、アニマルホーダーは精神疾患であることを理解することが大事です。
その上で、頭ごなしの否定ではなく、援助者を受け入れてもらえるようなコミュニケーションによる介入が必要だと思います。
そして、次の発生を防ぐ為には、その場限りにせずに継続的に地域や人が連携して関わり続け、監視の意味も持ちながら本人の精神的なケアを長期に継続することが必要ではないでしょうか。
まとめ
多頭飼育崩壊したアニマルホーダーの家に入ってみたら家の中はゴミ屋敷だったという話は多いです。
そんな環境から引きあげられた犬や猫の姿は本当に悲惨です。
それでも生きて救出されれば、まだ運がいいのかもしれません。
ホーディングは、独立した戸建に限らず集合住宅内の一室などでも起きています。
飼育している犬や猫の状態が常に悪いというような、少しでも違和感がある飼育者には周囲が関心を寄せることが必要かもしれません。
最後まで読んで頂いてありがとうございました。
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